箱根の水族館で多様性を感じた話③

あざらし
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飼育員さんがやってくると、あざらし達は待ってましたとばかりに水面に浮かび上がってきた。かわいい。

箱根園水族館にいるあざらしは3頭。バイカルアザラシのアッシュ君、ゴマフアザラシのぼたんちゃんとひまわりちゃんである。この3頭が飼育員さん達とトレーニングしながらご飯をもらう姿を見せてもらえるというわけだ。

アザラシのこのようなトレーニングは、自然界と違い刺激が少ない環境にいる飼育下のアザラシ達に少しでも色々な刺激を感じてもらうようにすることや、具合が悪くなってしまった時や検診の際に人に身体を触られることに慣れる、といった側面もあると男鹿水族館のライブ配信で教わった。何事もきちんと目的があるのだ。

そういうわけで日頃のトレーニングの成果を3頭はせっせと披露してくれた。全然手が水面に出てないお手振りとか、それはもうかわいかった。見ている人たちがみんな「かわいい〜!」ではなく「…かわいい…」と噛み締めるように小声で言っているのが面白かった(もちろん私もその一人だ)。

フィーディングタイムは中盤に差し掛かり、今度はフラフープを披露してくれるという。ゴマフアザラシの女子達が水面に浮かんだフラフープの中に入り、ぐるぐると元気に輪を回し拍手を貰っていた。アッシュ君もフラフープをやってみせてくれるとのことでそちらに注目した。

アッシュくんも水面に浮かんだフラフープの中に入った。そして、回った。

フラフープは全く動かない。その中のアッシュ君だけが静かに、回っていた。

飼育員さんが言った。「これが、『アッシュ君の』フラフープです!」

アッシュ君は静かに回り続けていた。丁寧な仕事だ、と思った。水面に乱れなどなかった。職人だ。

次の種目は「サーフィン」である。女子達は小さなボードを器用に鼻先で押しながら勢い良くさぶんさぶんと泳ぎ、サーフィンを見せてくれた。

私はもう職人アッシュ君から目が離せなくなっていた。私達から一番遠いところにいて、見えづらかったが何としてもその仕事を見たかった。

アッシュ君は遠くに投げられたボードまで泳ぎ、それを前足でしっかり押さえてゆっくりと正確に飼育員さんのところに運んだ。ビート板スタイルである。

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「これが『アッシュ君の』サーフィンです!!」

ああ、やっぱりアッシュ君は職人だ、なにもざぶざぶ勢いよくやることだけがサーフィンじゃないんだ、自分のやり方でやればいいんだ……こういう丁寧で確実な仕事ってなかなかやろうと思ってできることじゃない……と感銘を受けた。丁寧にボードを運ぶアッシュくんにはどこか誇りさえ感じられた。

人とやり方が違っても、王道じゃなくても、良いんだよね、ありがとうアッシュ君……と私は一頭の職人に救いを与えられていた。

フィーディングタイムは終盤を迎えた。一番目玉とも言える「温泉アザラシ」を披露してくれるのだ。

アッシュ君とひまわりちゃんが着々と準備をする中、飼育員さんがいった。

「ぼたんちゃんはこれはやらないので、別のことをしま〜す!」

そうだ、別にやりたくなかったら、やらなくていいんだ……!と衝撃を受けた。他人(他あざらし?)に迷惑がかからない範囲なら、やりたくないこと、やらなくていいよね、わかる、そうだよね、と悠々と別のことをするぼたんちゃんを見て、勇気をもらった。ありがとう、ぼたんちゃん。

私たちの前にいるひまわりちゃんはとても覚えが良いとのことで、すべての種目を器用にこなしていた。温泉アザラシとして徳利の入った桶を抱え、頭の上に手拭いを載せていた。お顔がほぼ水に浸かっていて溺れかけていそうに見えたが、それもまた可愛らしかった。こうやってなんでもきちんとこなす人のおかげで社会は成り立っているんだ、ひまわりちゃん、ありがとう…

3頭それぞれから学びを得て、私は胸がいっぱいだった。みんな違ってみんないいんだ…と大好きな詩を思い浮かべた。

フィーディングタイムは拍手に包まれながら、その幕を閉じた。

続く

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