箱根の水族館で多様性を感じた話①

あざらし

私達は大涌谷の売店の前に置かれたストーブで凍えた身体を暖めながら、この後どう過ごすかを真剣に考えていた。時期は1月頭、外は強風と積雪でそれはもう寒かった。冷えすぎて既に頭痛がしていた。

三が日は過ぎているが、松の内ではある、という微妙な正月に私の誕生日はある。実家にいる頃は年始のバタバタでうっかり忘れられてしまうことも少なくなく、そのうち前日に自らリマインドするようになるくらいだった。

そんな直近の私の誕生日は遂に30代になるアニバーサリー(?)であった。もともと歳を取るのが嫌だ〜!というタイプではないので、遂に三十路だ!30代てちょっと箔がつくわね、ふふん、くらいに思っていた。

忘れられがちな私の誕生日ではあるが、さすがに恋人は意識していてくれたようで、箱根の旅館を予約してくれたという。有り難い限りである(私は温泉でまったりするのが好きなのだ)。

朝に自宅を出発し、彼の運転で箱根に連れて行ってもらった。箱根湯本の喫茶店で軽く朝食をとり、車に戻った。これから大涌谷に向かうとのことであった。

大涌谷は箱根でも有数の観光地である。噴火でできた谷で、現在も火山が活動しているところを見ることが出来る。確か私が幼い頃は少し奥まで探索できた気がしたのだが、最近は火山ガスの影響で立ち入りが制限されており、基本的にはインフォメーションセンター周囲の観光が主となっている(予約制の有料ツアーはあるらしい)。ガスの濃度が濃い日などはそこすら立ち入りができなくなることもある。

ちなみにめちゃめちゃ硫黄の匂いがして臭い。そこの温泉で作ったゆでたまご、通称黒たまごを食べると寿命が7年延びると言われている。神奈川県西部出身の私は控えめに言っても今まで10個くらいは食べているので、平均寿命くらい生きるなら黒たまごブーストのお陰で150歳くらいまで生きられる予定となっている。すごい!

そういうわけで大涌谷に行くには箱根の入り口、湯本から山を登らなくてはならない。お正月恒例、箱根駅伝のコースを辿り、少しずつ箱根の山を登っていった。登るにつれ、少しずつ歩道や土のあるところに雪が残っているのが見えた。

ちょっと嫌な予感がした。黒たまごをたくさん食べてきただけあって、箱根には家族とも、友人とも、ひとりでも、もう何度も来たことがある。が、誕生日に来たのははじめてなのだ。いやいや、でも駅伝の中継で雪、全然見たことないしな、大丈夫、大丈夫、と思い直した。

駅伝のゴールは芦ノ湖の湖畔だが、我々が向かうのは箱根山だ。駅伝のルートをそれ、大涌谷に向かいさらに山を登った。

嫌な予感というのは、大抵当たる。

どんどん雪が増え、遂に道路にも雪が見え始めた。高度が増すごとに勿論雪は増えた。カーブを曲がった先に見えたのは反対車線で綺麗に横になった横転した車だった(もう誰も乗っていなかった)。恋人の車がスタッドレスタイヤであること、なにより彼が東北出身で雪道の運転はお手のものだったことに本当に安堵した。

大涌谷に近づくと駐車場渋滞をしていた(大涌谷あるある)が、そこまでではなかったため割とすぐに車を止めることができた。車から降りて遂に大涌谷に到着!意気揚々と下車した。

降りてすぐ軽く絶望した。駐車場周囲から階段から満遍なくしっかり雪が積もっていた。10センチくらい。前回シリーズを読んでくださった方はもうご存知と思うが、雪なんて3センチでも積もったら大騒ぎの地域出身のため、滑って転ぶ未来がありありと想像できた。

そして何より、私は1月の箱根を舐めて、ここに8センチヒールのショートブーツでやってきている。雪を舐めがち、というか冬を舐めがちなのだ。真冬生まれなのに……だって、お洒落したかったんだもん……

さらに悪条件なのは強風だ。足元が悪い中、風に煽られて転ばない未来が思い浮かばない。

雪には慣れている彼の腕を借り慎重に歩いた。恋人同士というロマンティックな雰囲気はなく、完全に「介助」だった。

当たり前に寒いし風も凄いしで過酷な環境であったが、天気は良く、景色はとても美しかった。

お地蔵様にお参りしたり、一応記念写真を撮ったり(2人ともボロボロ)と周囲をちょろっと観光した。せっかくだからと黒たまごを買うも外が寒すぎて食べられず(手がかじかんで殻が剥けない)、売店に逃げ込んだ。売店の前にはストーブが何台も置いてあり、そこで暖をとった。朝に出発しただけあり、時間は11時前、まだお昼にも早い。

彼が少し困った顔で言った。

「このあと、どうしよう……?」

続く

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