秋田の水族館で社会的に終わりかけた話④

あざらし

飼育員さんたちが出てくると、ご飯が貰える!と次々とあざらしたちが偽氷と呼ばれる氷を模した陸地に上がってきた。あんずも小さいながらぽよぽよと飼育員さんに近づいていた。とてもかわいい。

その頃になると雪はチラつく程度になり、風も少し落ち着いてきた。あんずは苦手な採血の練習のためトレーニングをしながら餌をもらっていた。

約1時間の配信が終わるまで、ずっと水槽のそばであんずを見ていた。あんず、ありがとう、元気でね……とひとり静かに感極まっていた。動物の推しができたのは初めてだったが、推しは生きているだけで尊い。人間でも動物でも基本そんなに変わらないのだな、と思った。

配信が終わり、飼育員さんがいなくなるとあんずも水の中に戻り、また泳ぎ回り始めた。さすがに芯まで冷え切った身体を温めたい気持ちになり、館内のレストランでトンカツ定食的なものを食べた。もともと胃弱で、さらに限界看護師をしていたため常に胃の調子が悪く、揚げ物は控えていたのだが今日はどうしても食べたい気分だった。とても美味しかった。

そこからもう一度ゆっくり水族館を見回った。海を見ながら座れるスペースがあり、温かい飲み物を買ってそこで少し休んだ。曇り空で薄暗かったのに、雲の切れ間から日が差し始めていた。海面がキラキラと光って綺麗だった。あんなに怖かったのに。

しばらくそこで海を見ながらあんずに会えたことを噛み締めていた。今日のこと、忘れたくないな。いつかきちんと文章に残そう、そう思った。どんな楽しい思い出も記憶は薄れてしまうから、ちゃんと残さなきゃ。とりあえず海の写真を収めた。

それから閉館までは、あざらし水槽を屋内から見学できるスペースで過ごすことにした。深さのある大きな水槽をあざらしたちが泳ぎ回っていた。そのすぐそばにベンチがあり、ゆっくり座りながらあんずを見ることができた。あんずだけでなく全員の顔と名前を覚えていたので、一頭一頭に注目して水槽のそばで観察したり、動画を撮ったり、やっぱり大好きなあんずに思いを馳せたりした。

時間はたっぷりあったので最後の方は自販機で買った温かいミルクティーを飲みながらぼうっと水槽を眺めていた。私の人生の中でもかなり上位に入る贅沢で素敵な時間だった。思い切って秋田まで来て本当によかった、としみじみしていた。

そんな折、あと30分ほどで閉館時間というところで異変が起きた。

続く

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