初めて体験する吹雪に私は完全に気圧された。雪、こわ……と思い、タクシー乗り場の位置だけ確認しすごすご駅の待合所に戻った。こんな私でも山梨でスキーをしたことはあり、雪が沢山積もっている、降っている、という状況は経験していたのだが、秋田の雪はそんなもんじゃなかった。自然の脅威だ。もう一度、今度はしっかりと、こんな装備でここまできてしまったことを後悔した。だが後には戻れない。
次に乗る予定のタクシーは、普通のタクシーではなく「相乗りタクシー」であったため、予約の時間まで温かく清潔な駅の待合所で過ごすことにした。
時間になってもタクシーに乗りそうな人は一人として来なかった、が、タクシーはこんな天気でもちゃんとやって来てくれた。雪国、すごい。乗車して分かったのだが、本日の予約は私だけとのことであった。たったひとりのために吹雪の中30分も運転してくれるという。有難い限りである。
プロの運転技術で問題なく水族館に到着した。運転手のおじさんが「お姉さん、細いから飛ばされないように気をつけてね〜!」と言ってくれたので、これは雪国ジョークだな、と思い「またまた〜」と笑いながらタクシーを降りた瞬間、強風に煽られて身体がちょっと浮いた。飛ばされる……!と引き攣った笑顔で運転手さんにお礼を言った。
怖い思いをしながらも遂に到着した念願の水族館。多くの水族館がそうであるように、男鹿水族館も海辺にあった。日本海の波の荒さに怯えた。私の知ってる海は湘南の海水浴場だけなのだ。似ても似つかない。秋田の自然に圧倒され、よくわからない感情になりながら館内へ向かった。
中に入ってしまうと怖い思いをしたことなんてすぐ遠い記憶となり、長旅の末たどり着いた憧れの場所に静かに興奮し、館内を夢中で歩き始めた。平日と悪天候のせいかお客さんは数人しかおらず、館内は静かで感傷に浸りながら生き物達を眺めるにはぴったりだった。
その日は引っ越し前の餌やりライブが配信される予定であることを、私は熱心なファンとして当然把握していた。お昼頃の配信までに他のブースを見学し、配信前にあざらしの水槽に行くことにした。
広々とした水族館でとても楽しかった。シロクマをゆっくり眺めたり、ペンギンのブースにある神社でおみくじを引いたりと満喫した。おみくじには「旅行:遠くは行かぬが利」と書いてあった。もう来ちゃったよ〜ふふふ……とひとりほくそ笑んだ。
配信の時間が近づいてきたため、あざらしの水槽に向かった。男鹿水族館ではあざらしのいる水槽を上から覗き込む形で見ることができる屋外ゾーンと、水槽を横から見ることができる屋内ゾーンがある。動画撮影や配信は屋外ゾーンで行うため、そちらに向かった。
画面の中で何度もみた光景が目の前に現れて、私はひとり感動していた。大きな水槽を覗き込むと、いた、あんずたちが!本物のあんずが!あざらし達は皆元気に泳ぎ回り、時折ぷか〜と水面に浮かんではこちらをちらっと見ていた。なんて可愛い生き物なんだろう。スマートフォンで動画を収めながら、涙が出そうだった。薄々お気づきだと思うが、展示場は屋外のため極寒だった。でもそんなことはもうどうでもよかった。あまり寒さも感じなかった気がする。脳内麻薬というものは恐ろしい。
そして配信の時間が近づき、これまた画面上でずっと拝見していた飼育員のお兄さんが現れた。いよいよだ。
続く
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