バスの中には私と、高校生くらいの若いカップル、そして運転手さんしかいなかった。人が少なくて良かった、と少し安心した。
発車して車内が揺れるようになると、気持ち悪さはより増した。予想はしていたがなかなかにしんどい。正直ずっとえずいていた。高校生カップルが一番後ろの席で最初からがっつりイチャイチャしていてくれて良かった。大丈夫ですか?とか声をかけられたらいたたまれなすぎて耐えられないところだった。ずっとラブラブでいてね…デートの終わりにこんな大人がバスにいてごめんなさい…空気だと思ってください…と限界を迎えながら思った。
病棟で具合の悪い患者さんが、みな服を脱ごうとしたり、酸素マスクを外してしまうのをどうしてなんだろうといつも思っていた。が、理由がわかった。今まさに私は服の首元を緩めているし、マスクを外したくなっている。みんな苦しくて、ちょっとでも楽になりたくて脱いだり外したりしてたんだなぁ…もっと優しくしてあげなきゃ…とぼろぼろになりながら反省した。
バスの旅は長い、なかなか着かない。だんだん意識がぼーっとしてきて眠くなってきた。このまま寝てしまいたかったが、バスを乗り過ごしてしまうとそれこそ「終わり」な気がぷんぷんしていたのでなんとか起きていた。気持ち悪くて頭はぼーっとして、とにかく早く駅に着いてほしかった。なるべく心を無にして到着を祈った。何かの修行かのようだった。
やっと男鹿駅に着いた。長い長い道のりだった。暖かく清潔な待合所が私を待っていてくれた。しばらくここで休むことにしよう、というか電車が来ないのでここにいるしかなかった。なにか温かいものが飲みたくて、自販機で蜂蜜レモンを買い、慎重に飲んだ。吐き気は起こらなかった。峠を越えたらしい。蜂蜜レモンを飲み終えたあとはポカリスエットを500ミリ淡々と飲み、回復に努めた。
電車が来る頃には、体調はだいぶ落ち着いていた。約1時間車内でうとうとし、秋田駅に着いた。
少し眠れたこともあり、秋田駅に着いた私はかなり回復していた。バスの中では「もう今日帰るの無理だな…秋田駅まで戻ればビジネスホテルかなにか一晩泊まれるところがあるだろ…明日新幹線で帰るか…予想外の出費だけどもう仕方ない…」とか思っていたのに、実家へのお土産のいぶりがっこをどれにしようか真剣に選ぶくらいの活気を取り戻していた。
いぶりがっこを無事購入し、帰りもまたまた夜行バスのためその時間まで読書をすることにした。なんの小説を持っていったのかは忘れてしまった。母親にこういう訳でもしかしたら秋田で一泊するかも……という弱気なLINEをしてしまったせいで向こうはかなり心配していた。もう元気になったから大丈夫と返した。
バスの時間になり、乗車し、慣れた手つきで睡眠導入剤を内服した。やはり途中で目が覚めたが、それにもスマートに対応した。何事も経験だ。
神奈川に着き、家に帰るとそれまで寝てきたはずなのにどっと疲れが出た。そのままこんこんと眠ってしまった。
目が覚めると身体がすっきりして気分も晴れやかだった。あんずの写真や動画を見返すと本当に会えたんだという喜びが湧き出てきた。テンションが上がった私は母親にまたあんずに会いに行きたい!今度は引っ越し先の兵庫に行く!とLINEした。喉元過ぎればなんとやらである。
母親からは「もうひとりであらざしは見に行かないでください」と冷静に返信が返ってきた。ごめんなさい、と素直に思った。
あれから早いもので約3年。私は密かにその言い付けを守りあざらしを見に行く時はちゃんと誰かと一緒に水族館に行っている。
おわり
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